イテロ Jethro
ミデヤン人、祭司。モーセの妻チッポラの父。ゲルショムとエリエゼルの祖父。エジプトを出てアマレク人と戦った後のイスラエルの民を宿営地ホレブに訪問した際、モーセに組織運営について助言した。
主をほめたたえるイテロ氏 提供:いらすとや
先日のモーセへの助言によりイスラエルの中でも一躍有名になったあのイテロ氏にお話を伺いました。本邦初、独占インタビューです。
出エジプトから第3月の20日
エリエゼル(へブル通信記者、ユダ族)
―今回のイテロさんの助言はとても有用だったと、私たちの間でも評判になっています。
いやいや、恐れ入ります。こんな老いぼれの言うことを、モーセが聞き入れてくれたことは幸いでした。彼は娘のチッポラや孫たちのことも大事にしてくれますし、こんな私のことも敬ってくれます。いい婿だと思っています。
―今回は、私たちがここホレブに宿営したのを聞いて、娘さんたちを連れてモーセに会いに来たのですね。
ええ。娘や孫も、ずっとモーセに会いたがっていましたから。昨年、モーセがミデヤンからエジプトへ旅立ったときには娘と孫も一緒に送り出したのですが、いろいろと物騒なこともあったので、娘にしばらくはこちらに留まるように言ったのです。何か大きなことが起きる気がしていました。今回は、エジプトを出たイスラエルがミデヤンの近くまで来ているということで、今こそ娘たちをモーセの元へ戻すべきだろうと思って、連れてきたのです。私も、モーセからぜひエジプト脱出の話を聞きたいものだと楽しみにしてきました。
―海の中にできた道を渡ったんです。
それももちろん驚くべきことですが、あのエジプトからすべてのイスラエル人が出てきた。そして遥か昔に主が言われた約束の地へ向かっている。これは大変なことではありませんか。まさに歴史が動いているといっていい。それを婿が導いているというのですから、私も興奮しないわけがありません。
―モーセから経緯を聞いて、どう感じましたか。
私の想像を遥かに超えていました。主は、偉大なお方だ。これはモーセの力ではありません。長い間一緒に暮らしましたから、彼の人となりはよくわかっています。彼は決してリーダーになるようなタイプではありません。パロの王家で育ったのに、優しく親切で、偉ぶっていない。そこが気に入って、娘を差し上げました。それ以来、ずっと私の羊を世話をしてくれていたんです。真面目だし、正義感は強いが、弁が立つわけではない。むしろ口下手なほうです。ですから、モーセが「イスラエルを救うために主から呼ばれた」と言ったときは、驚きました。彼にそんな大役が務まるのだろうかと。しかし主は彼に、パロやイスラエルに言うべき言葉と、お兄さんのアロンという助け手を授けた。彼は最後には観念していましたよ。主がされようとすることを自分が止めることはできない、とね。
―アマレクとの戦いのことも聞きましたか。
実に驚きです。着の身着のままでエジプトから出て来てまだ3ヶ月ですよね。あなたがたはエジプトで長い間奴隷だったのだから、戦いなどしたことはないはずだ。武器は持っていたのですか。モーセが手を上げているときは優勢に、降ろしているときは劣勢になったと聞きましたが、とても信じられないことです。しかし実際にあなたがたは勝った。もはや、信じるかどうか迷っている段階ではない。すべての人が、信じるべきです。
―主への確信が強まったということですか。
その通りです。エジプトでの一連の災い、特に主がイスラエルを過ぎ越されたことや、また海を分けてイスラエルを通し、エジプト軍を滅ぼしたことは、ミデヤン人の間でも大きな噂になっています。私は正直、聞いた話はかなり大げさなのではないかと思っていたのですが、モーセから話を聞いて、すべて事実だとわかりました。主はどんなに恐るべきお方でしょうか。まったく驚くべき、力ある神です。
―あなたは祭司として、様々な神を祀っている方ですよね。
いやまったく、今回の出来事を聞くに及んでは、ほかの神々など、果たして神と言えるのだろうかと、己の不見識を恥じるばかりです。主こそ、まことの神です。今は、そう確信しています。
―久しぶりにモーセに会って、どう感じましたか。
もちろん嬉しかったですよ。彼も丁重に迎えてくれましたし、私も彼の労をねぎらいました。顔に疲れが見えましたが、戦いの後ですから、無理もないと思っていました。
―しかしそれだけではなかったと。
ええ。翌日にモーセのもとへ様子を見に行って、驚きました。モーセの天幕の前で、人々が長い列を作っていたのです。まだ夜明けからいくらも経っていないのにですよ。「この人々は何なのか」とモーセに聞くと、モーセに訴えがある人々だという。朝食もそこそこに、モーセが最初の一人を天幕に招き入れ、話を聞き始めました。私はそばで様子を見ていましたが、彼は一人一人から事細かく申し立てを聞いて、話をし、必要な指示を与えていました。中にはすぐに判断がつかないこともあるらしく、額に手を当てて考え込むこともありました。それが日暮れまでずっと続いたのです。モーセは明らかに疲れ切っていました。これはいけない、これではモーセは早晩参ってしまう。それに、この暑い中でずっと順番を待っている人々も気の毒です。
―それでモーセに助言をされた。
ええ、とても黙っていることはできませんでした。
―具体的には、モーセに何と言ったのですか。
こう言いました。
「あなたのしていることは良くない。あなたも、あなたといっしょにいる民も、きっと疲れ果ててしまう。さあ、私の言うことを聞いてくれ。民全体の中から、神を恐れる、力のある人々、不正の利を憎む誠実な人々を見つけ出し、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として、民の上に立てなさい。いつもは彼らが民をさばくのです。大きい事件はすべてあなたのところに持って来、小さい事件はみな、彼らがさばかなければなりません。あなたの重荷を軽くしなさい。彼らはあなたとともに重荷をになうのです。」
―モーセ一人ですべてを負うなと。
そうです。面倒を見ることのできる人数ごとに長を置いて、モーセの重荷を分担するのです。そうすればモーセはもちこたえることができ、あなたがた民もみな、平安のうちに自分のところに帰ることができるでしょう。
―モーセは、一人でできると思っていたのでしょうか。
できる自信があったとは思えません。しかし彼は、力もなく弁も立たない自分が、主に用いられてここまでやって来たという体験をしてきた。それが仇になったのだと思います。すべてを自分一人でやるべきだと考えてしまったのでしょう。主が支えて下さるというのはわかりますが、この調子で彼一人でやるというのは無理だと私は思いました。
―モーセはあなたの助言を聞いて、ためらったり反論したりしませんでしたか。
いいえ、しませんでした。非常に素直に、むしろすがるように聞き入れてくれました。彼自身、限界を感じていたのではないでしょうか。主は、アロンを備えられたように、彼を助ける人々をも備えてくださるはずです。彼はレビに族する者ですが、あなたがたには十二の部族があります。これからは彼らも責任を担う必要があるでしょうし、生活上のことはもっとずっと小さな単位で行ったほうがよい。モーセはあなたがた全体の代表ですから、日常のこまごましたことではなく、民全体に関わる事柄をさばくべきだと思いました。
―実に賢明な方法ですが、あなたはどこでそのような方法を身に着けたのですか。
私も長く生きてきました。多くの人々に同じ目的を持ってもらい、規律ある行動をしてもらうためにはどうしたらよいか、さまざまな経験を通して試行錯誤してきました。そして、このような役割分担が有効なことを見い出したのです。
―失礼な言い方ですが、敢えて伺います。あなたの人生経験が、主に導かれた私たちに当てはまるのでしょうか。
はっはっは(笑)。つまり、私のようなよそ者の助言が、主からの直接のアドバイスに優先するのか、という意味ですね。
―言葉は悪いですが、そういうことです。
確かに、あなたがたは主に導かれてエジプトから出てきた。それも、主が遠い昔の約束を忘れず、今それを果たすために。考えてみてください。大事なことは、この恐るべき主を認め、主に従うことでしょう。モーセがあなたがたのリーダーとして立てられた。それは疑いないことです。しかしリーダーがこのように多くの民を導く方法は、一つではない。彼一人でやれるなら、それでも良いでしょう。しかし見たところ、そうとは思えなかった。もし私の助言があなたがたを主から遠ざけるなら、退ければよい。もちろん、人のやることに万能はありません。どんなやり方をするにしても、忘れてはならないのは、何のためにそれをするのか、ということです。力のあるリーダーでも、主に従わずに己の利を求めれば、エジプトのように大きな損失を被ることになります。役割分担も同じです。役割を担う人々が己の利を求めれば、反抗や分裂が起きます。あなたがたは主の民だ。役割を持つのは、民が一つにまとまって、主に従うためです。それが、何より大切なのではないですか。
―なるほど、大変よくわかりました。ここへはしばらくおられるのですか。
そうですね。すこしゆっくりさせてもらってから、国へ帰ります。もう娘や孫を見られるのも最後でしょうから。
ーそういえば、エジプト脱出は映画化の話も出ていますが。
え、本当ですか。モーセ役は誰ですか。
―チャールトン・ヘストンが有力だそうです。
何と・・・。それでは恰好良すぎるのではないかな。モーセは決してヒーロータイプではないのですが。
―プロデューサーに伝えます。ではお健やかにお過ごしください。今日はどうもありがとうございました。
いやいや、こちらこそどうも。イスラエルに主の祝福を。・・・私の役は誰かな。
ーすみません、存じません。
(了)
※本作品は聖書の記述を基にしたフィクションです。