生き返った青年~インタビュー with ユテコ

ユテコ Eutychus

小アジアの港町トロアスに住む青年。使徒パウロが同町を訪れた際、3階の窓のところに腰かけてパウロの話を聞いていたが、眠り込んでしまい、落下死する。しかしパウロによってふたたび息を吹き返す。

  ユテコさん



ー皆さんこんばんは。ラジオトロアスがお送りする「話題の人」、司会のエリエゼルです。今回のお客様は、生き返った青年として今大変話題になっている人、ユテコさんです。本物ですよ〜皆さん。今日はユテコさんご本人に話を伺っていきたいと思います。ではユテコさん、どうぞお入りください。

こんばんは。

ーようこそおいでくださいました。今日はどうぞよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

ーユテコさん、すっかり有名な方になっておりますけど、ご自身でどんな感じですか。

いえ、僕が何かしたわけではないので、ほんとに恥ずかしいんですけど。

ーでもユテコさん、本当に生き返ったんですよね。今、私の目の前にこうしておられて、どうやら幽霊ではないようですけど(笑)、一度お亡く
なりになったというのは本当でしょうか。

はい、そうです。いえあの、死んでいた時のことは自分じゃわかません。後で聞いて、ああ、確かにあのとき一度は死んだんだなって。

ーどういった状況だったのか、具体的に教えてください。確か先週のことでしたか。

はい、先週日曜日の夜です。僕が生き返ったのはパウロさんのおかげです。

ーパウロというと、「自分はナザレのイエスの使徒だ」と言って教えを説いて回っている、あのパウロですね。

そうです。

ーあの人はもともとは優秀な青年律法学者で、将来も有望とされていたのに、イエスのナザレ派に転向して、律法学者たちからは裏切り者と呼ばれていま
すよね。で、そのパウロさんが、ここトロアスにも来たと。

はい、来ました。

ーどのくらいトロアスにいたんですかね、パウロさんは。

1週間くらいだと聞いています。

ーああ、ではそんな長くいたわけではないんですね。

そうですね。

ーで、先週の日曜日の夜に、事件が起きたんですね。場所は。

友達の家です。そこにパウロさんがずっと滞在していたんです。その友達もすっかりナザレ派なんですけど、パウロさん翌日には出発してしまうから、その前に話を聞きに来ないかって誘ってくれて。

ーそれで、その家に行ったと。

はい、でも昼間は仕事があったんで、終わってから行きました。

ーそれで?

ええと、その家の3階から落ちちゃった。

ー落ちちゃったんですか!

はい、3階の窓から。それで地面に落ちて死んじゃったんです。

ーあららら。どうしてまたそんな、窓から落ちちゃったりしたんですか。

窓枠に腰掛けて、パウロさんの話を聞いていたんです。

ー何も、窓枠に腰掛けることもないと思いますけどもねえ。

そうなんですけど、家に着いて、パウロさんは3階の広間で話してるっていうんで上がっていくと、階段まで人でごった返していたんです。

ーああ、人がたくさんで。

はい、パウロさんの話を聞きたいのは僕だけじゃなかったんです。でも階段じゃパウロさんが見えないし、声もよく聞こえない。それでなんとかぎゅうぎゅう詰めの人の間を通って、広間に入って、床なんか座れる場所がなくて、やっとのことで窓まで行って腰かけたんです。まあ、窓枠ならちょっと高いのでパウロさんがよく見えますし、話もよく聞こえました。窓の下はそのまま地面ですから、危ないかなとは思ったんですけど、もうそこしか場所ないし、どうしてもパウロさんの話を聞いとかなくちゃと思ってたんで。

ーそんなにまでして。

はい、朝からうずうずしていたんです。でもその日に限って仕事が、あ、僕は船の仕事をしているんですけど、船の数がいつもより多くて、積荷の運搬が大変で。だから終わらせるように、本当に一生懸命働いたんです。
ーそれで、パウロさんの話はどんなでしたか。

はい。パウロさんは、ナザレのイエスが、僕たちユダヤ人が待ち望んでいた救い主キリストだって言ってるんです。

ーナザレ派というのはそうらしいですね。本気なんでしょうか。私も気にはなっていたんですが。

僕も最初はかなりヤバいって思いました。十字架にかけられた男がキリストってでしょ。犯罪者がキリストだなんてありえない。そんなこと言うのは頭おかしいんじゃないのって思ってたんです。でも、本当はイエスは犯罪者じゃない、無実だったらしいんです。そして、それを言っているのがパウロという人で、その人がこの町に来る、しかも滞在先が友達の家だというので、もうこれは絶対行くしかないと思ったんです。

ーそれでどうでしたか。

僕は、最初にパウロさんが光の中にイエスを見たっていう話をぜひ聞きたかったんですけど、間に合わなかったようです。僕が着いた時は、アテネでの話をしていました。なんかアテネの人たちがあまりにひどいことを言うんで、パウロさんは「おまえたちの血は、おまえたちの頭上に降りかかれ!」って叫んだんだそうです。かなり気性の激しい人だなと思いました。それからまだまだ話は続いて、アポロさんとの出会いとか、エペソでのこととか。そして、イエスこそがキリストなのだと何度も言いました。ほんと、熱弁っていうか、パウロさんほんとにすごいです。あの熱心さと確信はどこから来るのか、もう圧倒されちゃって。

ーそんなにすごいのですか。

すごいです、ほんとに。僕が着いた時から、たぶん2時間くらいは聞いていたと思いますけど、全然調子が変わらない。ていうか、むしろますます熱を帯びてきて。だけど僕のほうがだんだん、昼間の疲れが出てきたっていうか。一日仕事した後で、頭では聞きたいのに、パウロさんの声がだんだん遠くなっては「イエスは主である!」という声ではっと気づく。そんなことが何度かあって、とうとう僕は、眠ってしまったんです。

ーそこが窓枠であるということも忘れて。

はい、完全に。なんか一瞬、浮いたような感じがあったかな、でもわからないです。あとは、皆さん知っての通りです。気づくと、さっきまで向こうのほうで話していたパウロさんが僕を上から覗き込んでいて、僕を抱え込んでいるし、みんなが僕を取り囲んでいるし、本当に驚きました。

ーその時は、何が起きたと思いましたか。

ほんとに、何もわかりませんでした。そこは外のようだったし、「生き返った、生き返った」という声が聞こえました。

ーなるほど。それでユテコさん、あなたは確かに死んだのですか。

はい、あ、自分ではわかんないんですけど、でもあそこにいた人たちが、僕があのとき落ちて死んだと言ってました。

ーパウロさんはあなたに何か言いましたか?

あまりよく覚えていませんが、「心配ない。まだ生きている」というようなことを言ってたと思います。

ーううん、それは、死んではいなかったということでは?

でも、そこにはお医者さんもいたんです。パウロさんと一緒に旅をしているルカという人です。その人がすぐに僕を診て、死んだのを確かめた後に、パウロさんが僕を生き返らせてくれたそうです。

ーううん、あの、気を悪くしないでもらいたいのですが、個人的に気になるので言わせてください。もしかしたらですよ、そのルカさんが、パウ
ロさんの評判を高めるために、つまりパウロさんがあなたを生き返らせたと周りに思わせるように、あなたが死んでいると言ったのかもしれない。そういう可能性はありませんかね。

それはないと思います。パウロさんはそんなイカサマ師じゃないです。だってパウロさんは、自分を敢えて危険に晒すようなことを教えているんですよ。十字架につけられた男がキリストだなんて、優秀な律法学者だったパウロさんがどうしてそんな恵まれた地位を捨てて、わざわざ迫害を受けるような教えを説いて回るんですか。パウロさんは何度も殺されそうになったというし、あちこちでひどい目にあってきたと話していました。それはそうでしょう、とんでもない教えなんですから。今まで無事でいたのが不思議なくらいです。それに、お金なんかこれっぽっちも持っていない。僕のその友達も、寄付をしようとしたけど断られたって言ってました。自分で働いて食い扶持を稼いでいるんですよ。そんなイカサマ師がいますかね。

 

ーそうですね、それはそうかも知れません。いや失礼しました。ではあなたは本当に、一度死んでから生き返ったわけですね。いやなんとも、驚くべき話です。

はい。でも僕のせいで、そうやってパウロさんの話を中断させてしまったんで、本当に申し訳なかったと思ってます。ただ・・・

ーただ?

ただ、この体験で僕は、一番不思議に思っていたことが、わかったんです。

ー不思議に思っていたこととは。

はい、ナザレのイエスが復活したっていうことです。イエスは十字架につけられた後、三日目に復活して、そのあと天に昇っていったということでした。ほんと、不思議です。光になってパウロさんの前に現れたとか、まるで神じゃないですか。ナザレのイエスが本当にキリストなのかどうかは、復活が本当かどうかにかかっていると僕は思ったんです。
ーイエスの復活は、それこそ多くの弟子たちが言っているようですね。

ええ、そうですね。だから本当なのかも知れません。でも僕はどこか信じきれませんでした。パウロさんは復活したイエスに会ったという。でももしそれが幻覚だったら、この話はパウロさんが、まあ自分ではイエスだと思っているのかも知れないけど、それだけの、何て言うか、思い込みでしかないわけですよね。パウロさんの話は本当かもしれない、でも信じきれない。わかりますか、この何とも言えないもどかしさ。

ーええ、そうでしょうね。でもユテコさんは、それがわかったとさっき言いました?

そうです。だって、僕が死から生き返ったんですから。だったらイエスが復活したことだって、信じないわけにはいかないでしょう。

ーなるほど、復活がないなら、ユテコさんもこうして生き返っていないでしょうからね。

はい。それにもう一つ、大事なことがあるんです。

ーそれは?

パウロさんが説いた教えの中身です。ナザレのイエスがキリストだということの意味です。

ーキリストはユダヤを救う方ではなかったでしょうか。

そうなんですけど、それは僕たちが考えていたような意味ではなかったんです。

ー・・ちょっとよくわかりません、つまり?

つまりですね、僕たちは、他国の支配からユダヤを救う王様のような方が現れると思っていたんです。

ーそうですけど、・・・え、それは違うと。

ええ、違うんです。パウロさんは、キリストはささげ物だと言ったのです。

ー・・はい?

僕たちは、エルサレムの神殿に、僕は行ったことはありませんけどね、神殿に牛とか羊とかささげますよね。

ーええ、ささげますよ、もちろん。毎年欠かしたことはありません。

それなんですけど・・。ささげ物は毎年ささげますよね。つまりささげ物は、前の1年間の罪は聖めるけれど、これから先の罪は聖めない。今年は今年。来年は来年。

ーささげ物とはそういうものなのではないでしょうか。

それが違うと、つまり、牛とか羊とかのささげ物は、不完全だというんです。そしてイエスが十字架にかかったのは、完全なささげ物だったというんです。

ーなんですって?

イエスは完全なささげ物だった。今までも、これからも、罪を完全に聖めるのです。だからもう、僕たちは牛や羊をささげる必要はないんです。僕たちはイエスによって永遠に、完全に神に受け入れられる。それこそがキリストの役割だったと。

ーちょっと待ってください、それはあまりに突飛な考え方ではないでしょうか。

ところが突飛ではないんです。昔、預言者がそう書いているんです。聖書に書いてある。ナザレのイエスは、自分がその預言されているキリストだと、その証拠に死んでから3日目に復活すると言っていたんです。そしてパウロさんは、それがイエスの身に実際起きたと言うんです。でも僕は、復活を信じられなかった。ひどく難しいことのように思えて、頭が混乱して、それに疲れていて、それで眠ってしまったのです。でも僕が生き返ったということは、復活は本当にあるということです。それなら、この話は本当です。僕はわかりました。ナザレのイエスは復活した。イエスはキリストなんです。神はイエスというささげ物のゆえに、僕をすっかり受け入れてくださるんです。僕は今、イエスがキリストだと信じています。

ー・・・ラジオをお聞きの皆さん、今、ユテコさんは、大変衝撃的な告白をされました。こんなお話を聞くことになるとは私も思っていませんでした。いや、なんと言ったらいいか、あまりの衝撃で、今すぐ家に帰って、その聖書の箇所を確かめたい気持ちです。恐らく皆さんも同じでしょう。ユテコさん、皆さんのために、そして私のために、どうかその預言者の言葉を、教えてください。

はい、預言者イザヤの書です。すみません、正確には覚えていませんが、こういうところです。
「彼は私たちの咎のために砕かれた。彼はあざけられ、苦しめられた。しかし屠り場の羊のように口を開かない。彼は私たちの咎のためのささげ物となった。それが神のみこころだった。」 そういう言葉です。

ーイザヤの書ですね。わかりました。ユテコさん、今日は驚くべきお話になりましたが、本当にありがとうございました。

ありがとうございました。

 

ー本当に、生き返って良かったですね。これからもどうぞお健やかにお過ごしください。今日のお客様はユテコさん、お相手は私エリエゼルでした。ラジオトロアス「話題の人」、それでは皆さん、ご機嫌よう、さようなら。


※本作品は新約聖書を題材にしたフィクションです。参考:使徒の働き20章7~12節、イザヤ書53章