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~「ふざけんな、オッサン!」山内亜矢子さん(前編)

山内亜矢子

1981年、函館生まれ。音楽活動のため上京し、フュージョンを中心とした数々のバンドでヴォーカルやキーボードなどで活躍、プロとの共演も。今回は矢野顕子役でキーボードを担当し絶賛を浴びる。

(画像:YMOトリビュート)


気持ちいいなんてレベルじゃない

  私でいいのかっていう思いがずっとあったんです。アッコちゃん役をやりたい人はいっぱいいるのに「何でお前が」って思われてただろうし。ほんとに怖かったんですよ、YMOファンの人から何言われるかって。

 

 私がメインで歌う「在広東少年」のときに、ドラムでまさかのトラブルがありました。私は歌いながらキーボードも弾かなくちゃいけないのに、曲が始まってからすぐトラブってるのが斜め前に見えて、どうするの、どうするのって、パニックでしたよ。そしたら、ドラムを提供してくれた人がパッと現れて、わじゃわじゃわじゃーって直してくれて、演奏が止まらないで最後までいった。すごかったです。

 

 ステージ上は、ドライアイスですか、なんかもわ~んとしてたんで、声は聞こえるけど、お客さんの顔がよく見えなくて。でも普段やってるライブで、あんなにウォーってなるっていうのは経験したことないです。お客さんの人数も、私がこれまでやった中で一番多かった。あの人数が全員、ウォーって。それ聞いてもう鳥肌が立って。顔は見えないのに、雄叫びが波のように押し寄せて来て。あれは、気持ちいいなんてレベルじゃないです。今までで一番とか、そんな言い方じゃない、もっとすごい、あれはもう全然、何ていうか。ライブが終わった直後は放心状態です。まるで「明日のジョー」みたいって言われましたけど、ほんとそんな感じでした。そのまま死んじゃう、みたいな(笑)

 

ふざけんな、オッサン!

 一緒に音楽やってた横田さんから、普段オッサンって呼んでるんですけど、最初にこの話が来たのは、去年(2017年)の1月くらいです。でも、あの渡辺香津美さんと一緒のステージに立つなんて、もちろんワケがわかんなくて。そんなこと考えたこともなかったし、自分にそんな技量もないって思ったし。で、少し考える時間をもらったんですけど、こんな話、断ったらもう一生ないなと思ったので、やるって言いました。ものすごく怖かったんですけど。

 

 ほんとにボロボロだったんですよ、1回目のリハが。楽譜は渡されてたけどリハまでの時間はない、曲数も多い、シンセは当日用意されたものを使う、音色作るのもまったくなしで、行っていきなり「はい、弾いて」って始まっちゃって、それで全曲通すっていう、あり得ない(笑)。それで自分の音も聴こえないまま流れていっちゃって、「ちょっと待ってー」って思ったけど、一緒にやるの初めてだし、どんな人たちかもわかんないんで、何も言えなかったんです。本番でも使った Prophet5っていうアナログシンセをそこで初めて弾いたんですけど、今のデジタルのシンセとまったく操作の仕方も違うし、押したときに鳴る音が全然違うんですね。でも小林さんの持ち物なんで、リハでしか触れないし、終わったら持って帰っちゃうし(笑)。

 

 そしたらその晩、(総監督の)横田さんがメンバーのFacebookページに「今日のリハの完成度は30%。クオリティをあげて行かないとヤバい」みたいなことを書いたんです。今ならわかるんですよ、立場的にそう書いたっていうのは。でも私は自分でボロボロだったのを自覚してたから、私のことを言われてると思ったんです。それですっごい悔しくて、「ふざけんな、オッサン!」って思っちゃって(笑)、言われたこと全部やってやるって、職場に小さいキーボード持ち込んで、全部譜面に起こして練習して、次のリハに行きました。

 

 今考えると、メンバーみんな「どうしよう」って感じだったんだと思います。3回目くらいまでは全然楽しくなかったです。怒られてばっかで(笑)。バンドって雰囲気が大事だって私は思ってるんですけど、全然そういう環境じゃない。怖いオジサンたちが黙々とやってる感じ。(小池)監督が一番怖かったですよ。ボコーダー作った凄い人だというのはわかってたんですけど。誰かが間違えると「いい加減にしろよ」とか「次やったらブッ殺すよ」みたいのをボソッと言うんです。怖いですよお。和気あいあいなんてとんでもない(笑)

画像:YMOトリビュート

あたしゃ東京さ行くだ

後編へ続く)


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