能あるネイリストは爪を魅せる

　2000年、全日本ネイリスト選手権、東京。八巻昌子の名前が呼ばれた。ネイルアート部門の優勝者として。そのとき、八巻は会場の最後列に立っていた。スポットライトが八巻を探して会場内を照らす。「いくか」と八巻はモデルの女性とともに進み出た。
　
　モデルを一番後ろから歩かせたかったんです。優勝すると思ってたから。照明がバーンと当たって、バチバチ写真を撮られました。彼女に「満足？」って聞いたら笑って「うん、満足」って。
　
　八巻はその年の7月、神戸で開かれたコンテスト Nail Festival 2000 のネイルアート部門でも優勝していたが、表彰台に上がったのはネイリストの八巻だけだった。不満げなモデルに八巻は「わかった。東京で優勝すればいいのね。一緒に舞台に上がろう」と約束した。初めてネイルのコンテストに出てから8年が経っていた。毎年チャレンジしていた八巻は、すでに審査員の間でもよく知られた存在になっていた。しかし八巻自身は、2000年の出場には期するものがあったという。
　
　もう何年もやってるし、そろそろ潮時かなって。それで、今回で最後にしようと決心して会場に行きました。そしたら審査員たちが私の方を見て涙ぐんでるんです。毎年がんばってるなって思ったんじゃないですか。それ見たら私も泣けてきちゃって。私は自分一人で戦ってる気でいたけど、こういう人たちが朝から晩までボランティアで、立ちっぱなしで審査とかしてくれてるからやれてるって気づいた。私はなんて生意気だったんだと思いました。
　
　2位に呼ばれたのは、それまで連続で1位を取っていた倉えりか。倉110ポイント、八巻111ポイントだった。3位は80ポイント台で、2人だけ飛び抜けていた。
　
　あとで倉とすれ違いざまに「八巻ちゃん」って呼び留められました。「八巻ちゃん、おめでとう。私、いつか八巻ちゃんに抜かれるときがくると思ってたよ」だって。カッコいいでしょ。倉も、ずっと1位を取っていたから、辞め時がわからなかったんだと思います。私に抜かれて、翌年から出ていません。
　
　それまでネイルのコンテストは、技術とアートの総合点で競われていた。しかしその年、八巻と倉があまりに高い得点を取ったため、翌年から技術とアートは分離された。八巻は「私と倉がネイルの歴史を変えちゃった」と笑う。そして八巻は、ネイルを続けることを決めた。

（下に続く）

　その後、腕を磨いた八巻は、ネイルの指導者を目指す。そして2006年、自らネイリスト養成学校「ネイルテクニカルスクールYAMAKI」を設立した。

　楽しかったですよ。趣味みたいなもんです。お金を使ってやっていることなので。実際、学校は儲かってません。先生たちにお給料払わなくちゃいけないし、日本ネイリスト協会の認定校になっちゃったから。協会とのやり取りとか生徒の書類とか、そういうのばっかりで、自分はネイルが全然できない。大変でしたよ。
　
　そんな中、母親が亡くなった。父親の介護にも手が取られる状態になった八巻は、最後の生徒を卒業させ、学校を休業状態にする。
　
　父はよく「趣味でやるネイルは赤字でいいんだぞ、そうでないと楽しくないだろ」って言っていました。学校をお休みにしたのは、父のことがいいきっかけになったと思います。すごくよく働きましたから、私。休校にした2週間後に、父は亡くなりました。
　
　八巻は、日本ネイリスト協会の衛生管理士指導員の資格も持つ。衛生管理者制度ができたとき、東京で300人の枠に800人応募があったという。
　
　800人の前で講師を務めることになっちゃって、どうしようって。協会の名誉本部認定講師で萩原直見先生（日本ネイリスト協会理事）という方がいらっしゃるんですけど、その先生が講習のテキストを作られていたんです。それで協会に電話して「萩原先生が講義されているDVDをください」って頼みました。3時間分の講義で、ものすごいスピードで喋らないと時間内に終わらない。詰まるのはせいぜい5回と思って、丸2日間、10時間くらい読みの練習をしましたよ。実際、本番では3時間の間に1回しか詰まっていません。それで萩原先生が褒めてくださった。私は緊張型ストレスで病院に行きましたけど（笑）。私、ストイックなんです。完璧主義者ですね。
　その翌年も、「慣れた人がいいから」と頼まれて、またやらせていただきました。そのときはステージの上で眠くなりましたね。それくらい、2回目は楽だったんです。

（下に続く）

　学校を休業にし、父親が亡くなった後、八巻は家を引っ越した。ネイルサロンができる物件を探していたときに、行きつけの花屋さんが持ってきてくれた話だった。
　
　ネイルはエアブラシのコンプレッサが大きな音を立てるので、隣近所が近いと迷惑がかかるし、お客さん用の駐車場も必要です。「そんなのあるかな」って花屋さんのママに話してたら、「あるのよ」って言って、その日の夜に連れて行ってくれたんです。道路沿いで、近所に家がなくて、駐車場4台。3週間後には私のものになってました。花屋さんのママがなんでうちまで訪ねて来てくれたのか、わかりません。父や母が呼んでくれたんじゃないかな。住む家があれば、とりあえず安心でしょう。それしか考えられません。
　
　引越後、家の半分を変える大工事をして、ネイルのアトリエをオープン。看板も、絵の恩師にエアブラシで描いてもらった。
　
　ヤシの木を植えて、夜はライトアップします。駐車場で車を降りて、入口に向かってヤシの間を歩くと、気持ちがだんだん変わって来るでしょ。南国にバケーションに来たイメージ。日常生活から離れて、少し暗い感じの中でサロンに入る。部屋は間接照明で、いい香りを焚いて、静かな音楽をかけてます。
　私は技術者、スペシャリスト。自分がお客様を導いてあげなくちゃ。お客さんの前では女優になるんです。リラックスしてほしいから、いろいろおしゃべりしたり演出したりして。面白いでしょ。
　
　「ハワイ州マニュキアリストライセンス」をも持つ八巻は毎年春、ハワイを訪れる。4月22日のアースデイに合わせて、チャリティーでネイルアートをするためだ。
　
　「アースデイ」は、地球の環境について考える国際的な記念日です。ハワイでは毎年、ワイキキのマリオットホテルのロビーで、チャリティーイベントをやってるんですね。お店とか、マッサージとかやって、売り上げを寄付する。私はネイルアート。ひと爪10分くらいでやるんです。ハワイにいる友達が楽しみに待っていてくれる。一番人気ですよ、私。そうすると、せっかく来てるんだし、1本2本じゃなくて、普通の施術としてネイルをやってもらいたいわけですよ、みんな。それでちゃんとやってあげると、大金を置いていってくれる。でもボランティアだから、いくらか知らないし、いらない。なぜって、記憶に残るじゃないですか、そういうことをすると。「ハワイに毎年来てた、あの八巻」って。

＜聞き手より＞
「すごい人」は世の中にたくさんいるが、「私はすごい」と言うのがまったく嫌味に聞こえない。八巻さんはそんな人だ。それは開けっ広げなくらい正直で、人見知りしない性格ゆえか。人を楽しませる天性を持った、すごい女性である。

八巻昌子　Masako Yamaki

■受賞歴※
・全日本ネイリスト選手権 （International Nail Expo 1993）　ネイルアート部門 準優勝
・全日本ネイリスト選手権 （International Nail Expo 1994）　ネイルアート部門 準優勝、ネイルケア部門 4位、総合 3位
・全日本ネイリスト選手権 （International Nail Expo 1995）　ネイルアート部門 3位
・Nail Festival 2000　ネイルアート部門 優勝
・全日本ネイリスト選手権 （International Nail Expo 2000）　ネイルアート部門 優勝、総合部門 準優勝
・Nail Olympics in HAWAII Oct.2006　ミックスメディアアート部門 5位

■資格等※
・ハワイ州マニュキアリストライセンス
・日本ネイリスト協会常任本部認定講師
・公益財団法人日本ネイリスト検定試験センター（JNEC）より委嘱（～2017.4）　 1級、2級、3級試験官
・一般財団法人日本ネイリスト協会（JNE）技能検定試験 試験官（～2012.3）
・日本ネイリスト協会（JNA）認定講師試験 試験官
・日本ネイリスト協会（JNA）ジェル技能試験 試験官
・衛生管理士指導員

・アクセンツ認定講師
・匠スト （国際理容美容専門学校の校内コンテスト審査員）
・国際ビューティモード学園の校内コンテスト審査員
・国際理容美容専門学校講師 （エアブラシ クリエイティブ）
・国際ビューティモード学園講師 （エアブラシ）

※受賞歴、資格等は2017年9月現在のものです

（2017-09-26 岡崎道成）

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