(画像:YMOトリビュート)
リハが始まってみると、叩き方やスネアの高さまで、細かいリクエストがあったんです。それまでは、「曲」として幸宏さんのフレーズを再現できるように、自分の叩きやすいセッティングと、自分のプレイスタイルで演奏していたのに、僕としては叩きにくいセッティングを指示されるわけです(笑)。
あと、幸宏さんのプレイってすごく独特で、スネアを左手でショットした後、そのままスティックをスネアのヘッドに押し付けるようにして叩くんですよ。それをやれと。まあ実際には「挑戦してみませんか?」って柔らかい言い方なんですけど、「あっ、やらなきゃダメだな」っていう感じで。だから、リハが始まってからは、長年の自分のプレイスタイルを捨てて、フォームを変える練習に変わりました。
もちろん、そのリクエストにも一理あるんです。ドラムの高さが変れば、叩いたときの単体の音も、他のドラムに伝わる振動の仕方も変わるし、同じセッティングで同じ叩き方をしないと、同じ音にならない。僕自身は、そこにはこだわりがなかったんですが――そもそも、幸宏さんと同じプレイなんて、誰にもできませんから――それでもドラムチームは、そこまでこだわりを持っていた。だから、最終的には「そうか、やっぱそこまでやんなきゃダメなんだ」って受け入れました。
とは言え本番直前までは、「わかりました」といいつつ、チームが見てないところでちょっとセッティング変えたり、自分が鳴らしたい音が出るようにチューニングを変えてみたりと抵抗してみたんですけど、休憩から戻ってくると全部元に戻っていて、「あ、やっぱりダメなんだ」って(笑)
本番で使ったドラム一式はもちろん僕のものではないので、本番3日前の全体リハでようやくそれらと「初めまして」という感じで対面したんです。だからその前の練習で一切叩けなかったことが一番大変でしたね。「本当は、このあたりにシンセ・ドラムがあって…」という想像で練習をしていた。たった3日間であの機材群を叩けるようになったのは、中学時代に割りばしを持って幸宏さんのプレイを真似しつづけた、エア・ドラムの成果だと思っています(笑)。
その最終リハーサルで一番テンションが上がったのは、やっぱり香津美さんのプレイを生で聴いた時でした。
香津美さんは、今はジャズ系を中心にプレイされる方なので、その感じでYMOの曲を弾いてくれるのかなって想像していたんです。そうしたら、当時のプレイを完全コピーしてて。おそらく、当時のライブ音源を相当聴き込んできてくださったと思うんです。しかも全曲、ご自身で譜面まで起こしていて。これには正直、びっくりしました。サウンドもかなり作り込まれていて、マルチエフェクターの音色プログラムに「ymo tribute」と名前が付けられていたのは、ちょっと感動でしたね。
そもそも最初は、ゲスト的に2、3曲を弾いてくださるんだろうと思っていたんです。だから、ライブの構成的にも「香津美さんコーナー」を作ろうかっていう話もしていて。そうしたら、小林さんから「全部YMOでいいって返事がきた」と聞いて、逆にこっちが「うわぁ、ヤベえ!」とビビりました(笑)。
余談ですが、ライブの一週間前に、偶然にも僕の仕事の関係で香津美さんにお会いすることになって。実はその前の7月下旬に、メンバーが松武さん、香津美さんと顔合わせをしたとき、僕はスケジュールの都合で参加できなかったんです。だから初対面が最後のリハのときになってしまうので若干不安に思っていた。そしたら偶然そんなことがあって、何だか不思議な感じでした。
ヘッドホンが載っているのがハイハット・シンバル(画像:YMOトリビュート)
本番でのトラブルといえば、何といっても「在広東少年」。2コーラス目に入ったところで、ハイハット(注)のスタンドが壊れちゃった。
ちょっと細かい話をすると、ハイハット・スタンドって、ペダルを踏むと、ハイハット・シンバルをねじ止めしている軸が上下に動いて、それでシンバルの開閉をコントロールするんです。それがどうやら、ペダルと軸をつなぐ部分が壊れちゃったようなんです。このハイハット・スタンドも79年当時のものなので、最終リハ含めた4日間で、ちょっと限界がきたのかもしれませんね。
ハイハット・シンバルを固定するネジが緩んでしまうトラブルはよくあって、それは演奏しながらでも直せるんですよ。でも今回はペダルと軸のほうなんで、どうにもならなくて、ドラムチームの方が飛んできてくれて、直してくれました。それでホッとしてたら、直後にまた壊れた(笑)。その時は、しばらく誰も出て来てくれなくて、僕は結構キョロキョロしてたんですよ。「助けて~」って。
でも今思えば、頭の中はすごく冷静で、「ハイハットなしで、どう演奏しようかなぁ」って思ってました。特にこの曲は、ドラムのハイハット・ワークが肝なので、そのハイハットがなくても曲が台無しにならないようなプレイを考えていたんです。とりあえず、バスドラムさえ止めなければ何とかなる。じゃあ試しに、ハイハットの変わりにシンバルを叩いてみようとチャレンジしてみたんですが、「あっ、これは違う」と思ってすぐにやめたり。幸宏さんの当時のドラムセットには、リズムを刻むライドシンバルがないので、それを叩くこともできない。さあ、どうしようかと思っているところで、ドラムチームが気付いてくれて、ハイハット・スタンドを直してくれました。
実は最終リハーサルの時にも、「ファイヤークラッカー」の演奏中に、バスドラムを叩くフット・ペダルが壊れたことがあって。その時も、演奏を止めずに、途中からバスドラムを復活させて、最後までやりきったんですよ。演奏中に機材を直してくれるドラムチームが傍にいてくれるって、何てスゴイことなんだろうって、変なところで感動してました(笑)。
(注)ハイハット:ドラムセットの一つ。2枚のシンバルを上下に向かい合わせ、ペダルで上のシンバルを上下させることで打音の響きを調節する。
(画像:YMOトリビュート)
今回、出演できて良かったなと思うことが二つあって。
ひとつはまず、コアなファンの方々が、想像以上に喜んでくれていたこと。それは僕にとっては予想外だったんです。そういったコアな人たちには、「あそこが似てない」「ここが違う」と、重箱の隅を突かれるのかなって思ってたんで、ここまで喜んでくれるとは、逆に驚きました。さっきも言ったように、自分はコピーバンドにあんまり興味がなくなっていたんですが、こうして喜んでくれる人がいるんだったら、コピーバンドをやるのもいいのかなって思ったし、今まではあまり頭の中になかった、新しいコピーバンドの存在意義を感じました。
先日、とあるYMO関係のイベントに観客として行ったら、帰りがけに「トリビュートバンドでドラム叩いてた人ですか」と声かけていただいて。聞いたらかなりコアな人だったんですけど、そのときの感動を延々1時間くらい熱弁してくださって。そうした反応も、僕にとっては予想外だったんです。
もうひとつは、それとは真反対に、「YMO詳しくないけど、そういえば昔聴いてたわぁ」っていう方も楽しんでくれてたみたいなので、それは純粋に嬉しかったです。先ほどの Gueen の話とつながるんですけど、今回、僕が参加するに当たってやりたかったことでしたから。YMOのコピーを求めるコアなファンだけじゃなくて、普通に音楽好きな人が、誘われて行ってみたら楽しかったっていう感じにしたかったんで、そこはほんとに嬉しかった。だからどっちかって言うと、個人的にはそっちのほうが「喜び」で、マニアックな人が楽しんでくれたのは「驚き」だったっていう感じですね。
もちろん、今回は松武さん、そして香津美さんのプレイがあってのことで、お二方がいなかったら、きっとそうはならなかったと思います。「香津美さんのファンだけどYMOはよく知らない」っていう方もかなり来てくれていたみたいで、そういう人たちからも「面白かった」っていうリアクションがあって。他のメンバーはどうかわからないんですけど、僕はそういう「YMOって、ライディーン?」くらいの人に、「ああ、YMOっていいな」と思ってもらいたかったんです。
今回に限っては、友達同士で集まったメンバーではなかったのが良かったのかも知れないですね。もちろんアマチュアですけど、個々に音楽的なこだわりがあったし。みんな、やるからにはどうするか、すごく考えてたと思いますね。だから僕はちょっと「仕事」っぽく取り組んでいました。自分がやりたいことじゃなくて、要求されたことをやるという感覚。
そういう意味では、山内さんが、メンバーの中で一番の “ミュージシャン” なんですよ。そんな彼女に、ある意味で個性を抑えて物真似的な演奏をお願いするのは申し訳ないなって、僕自身はずっと思っていましたけど、でも結果的には、やっぱり彼女の個性もふんだんに出ていたし、最後はそれなりに楽しんでくれていたようなので、内心、ホッとしました(笑)。
小林さんの情熱もそうだし、小池さんの音楽に対する厳しさ、そして何よりも、ステージには上がらなかったけど――とは言え、MCで出てきましたが(笑)――横田さんがいなかったら、成功しなかったプロジェクトだと思います。みなさんには、本当に感謝感謝です。
ライブが終わった後に、いろんな方から、「楽しかったでしょ?」「嬉しかった?どんな感じでしたか?」って聞かれ続けたんですが、ずっと「楽しい」「嬉しい」という気持ちはほぼ皆無で、「うわぁ大変だぁ、どうしよう」っていう気持ちだけでした。そして終わった後も、「やっと終わったぁ、無事でよかったぁ」という安堵感で、相変らず、「楽しい」「嬉しい」という気持ちは、ずっと湧き上がってこなかったんです。唯一、楽しかった想い出は、ライブ前日のリハーサル・スタジオで、目の前に当時のYMO機材がフル・セッティングされているその隣の部屋で2時間くらい、お弁当を食べながらメンバー同士でバカ話をしていたことです(笑)。
それが、(2017年の)年末に小林さんがライブの一部をYouTubeで公開して、それを観た時に初めて「ああ、楽しかったな」って思えました。ようやく楽しめた(笑)。
つい先日50歳になって、ライブのときは49歳。いい節目になったというのはありましたね。この先も、ひょっとしたら仲間内で何かやろうという話もあるかも知れないけど、あそこまで真剣に臨む機会はまずないでしょうね。そもそもこの年になって、また基礎練習に取り組むことになるなんて、思いもしませんでしたから。練習前にラジオ体操とかもしてたんですよ。急にドラムを叩くと、腰だとかを痛めちゃうから。ラジオ体操も、真剣にやると、結構汗かくんですよ(笑)。
(了)
取材:2018年2月
(構成:岡崎道成)
Thank you Good night ! 予告編
横田信一郎さん「MCやってよかったのかな」
小池実さん「目指したのは "いいバンド"」
山内亜矢子さん「ふざけんな、オッサン!」
布施雄一郎さん「ハイハットなしで、どうしようかなぁ」
小林淳一さん 「俺、何のためにやってんだ」
岡崎 「トリビュート考」