正しい秤

「おい、これ持ってみろ」
「はい。・・・結構重いですね」
「重いか。じゃあこっちは。」
「・・・あ、こっちのほうが重いです。」
「さっきのやつはどうだ」
「軽いです」
「じゃあさっきの『重い』は何だ」
「何だ、と言いますと」
「さっきお前、『重い』と言ったじゃないか。あれは嘘か」
「いや、嘘とかじゃなくて、持った時の感覚ですから」
「最初に持ったときと今では、重さが違うのか」
「いや、そりゃ同じですけど、比較すると、さっきの方が軽いということで・・」
「じゃあ、なぜ変わった」
「変わってないです」
「でもさっきは『重い』と言ったのに、今は『軽い』と言ってるじゃないか」
「ですから、それは比較ですよ。相対的なものですよ。秤で計ったら、変わりませんよ」
「じゃあここに秤があるから、計ってみろ」
「はい。・・・前のが2.5 kg。あとのが4.8 kgですね」
「どうだ」
「どうって」
「前のは軽いか」
「軽いじゃないですか、あとのより」
「そうじゃなくて、前のは軽いか」
「重いとか軽いとかは、相対的なものだから変わりますよ」
「ほう。じゃあ計ったのは変わらないのか」
「変わりませんよ」
「どうして」
「秤は定量的だからですよ。秤の値は相対的じゃないんですよ」
「ほう。じゃあ、こっちの秤でもう一回計ってみろ」
「・・・前のが2.6 kg。あとのが 4.9 kg」
「変わったじゃないか」
「ええっ、おかしいな」
「お前、計ったのは変わらないって言ったろ」
「この秤、合ってないんじゃないですか」
「どっちが正しいんだ」
「わかりませんよ、そんなの」
「お前、計ったら変わらないと言ったじゃないか」
「いや、正しい秤を使った場合ですよ、もちろん」
「正しい秤?よし、ここに10個ある。どれが正しい秤だ」
「ええっ、そんなのわかりませんよ」
「わからない?なんで」
「だって正しい値が何だかわからないじゃないですか」
「じゃあ正しい値は何なんだ」
「正しい秤・・・で計った値ですよ」
「それじゃ堂々巡りじゃないか」
「そうですけど・・・」
「じゃあ、物の重さはどうやって決めるんだ」
「・・・わかりません」
「持ってもわからないんだろ」
「そうですね」
「計っても値が変わるんだろ」
「そうですね」
「じゃあ重さは変わるのか」
「重さは変わりませんよ」
「何でそう言える」
「だから・・・正しい秤で計れば変わりませんよ」
「じゃあ正しい秤はどれだ」
「・・・」
「正しいって、何なんだ」
「・・・」

 

(2018-03-21 岡崎道成)