このサイトを立ち上げるきっかけとなったのは、星空工房アルリシャ代表の高橋真理子さんへの取材記事だった。
なので、ブログも高橋さん関連の話題で始めたい。
ひなたちゃんのことは、今はご両親の了解のもとに高橋さんがオープンにされているので、触れてもよいと思う。
僕は今年4月に高橋さんを取材させていただいた折に、小児がんの3歳の女の子のために、星空を届ける準備をしているというお話を伺った。
僕の取材記事は6月に仕上がったが、その間も、高橋さんがその女の子(ひなたちゃん)に会えるかどうか、厳しい局面もあったようで、間に合いますように、とずっと気になっていた。
ひなたちゃんに会えたと聞いたときには、胸を撫でおろした。
しかしもちろん、もちろんそれで万事めでたしというわけではない。
1日でも長く生きてほしい、ご家族も高橋さんも、そういう気持ちであったろう。
僕はひなたちゃんのことは、直接は知らない。ご家族のことも何も知らない。まったくの「他人」である。
だから、こんなことを書くのは大きなお世話でしかない。
でも、高橋さんが著書「人はなぜ星を見上げるのか」でふれた「みんなみんな、『星のかけら』」(佐治晴夫氏)という言葉や、合唱曲として知られるミマスさんの「COSMOS」で「君も星だよ」と歌われるような、同じ時空を生きる者としての連帯感のような感覚を、ひなたちゃんに覚えていたのは事実だ。
高橋さんに再会して取材のお礼を直接言えたのは、9月16日の駿台学園天文講座。
そのときはさすがにひなたちゃんのことは聞けなかった。
ひなたちゃんがその前日、9月15日まで、その命を生きていたと、あとで知った。
長い、短いは人それぞれにあるだろう。
しかし人の生きる意味や価値は、長さや、その人が何をしたかではないように思う。
生まれてきたという、生きているという、そのこと自体に、大きな意味があると思う。
ひなたちゃんの生きた時間は確かに短かったかも知れないが、もしご両親がひなたちゃんのことを綴ったなら、誰にも負けない文章を書くはずだ。
いや、ひなたちゃんだけではない。誰にでも、その人の物語があるはずなのだ。
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